なぜアメリカで金融危機が起こったのか

アメリカを揺り動かしている金融危機の元は1994年ごろJPモルガンの資産は企業向けや外国政府向けの数百億ドルの貸し出しで膨張していた。問題は、連邦法の定めで、それらの融資の貸し倒れリスクに備える準備金として、巨額の自己資本を積まなければならないことだ。利益を生まない金である。そこで思いついたのは、ある種の保険商品だ。貸し倒れた場合の元利金の支払いを第三者に保証してもらい、代わりに銀行は保険料を払う。そうすれば、JPモルガンはリスクをバランスシートから切り離し、準備金を取り崩して商売に回すことができる。 この仕組みが「クレジット・デフォルト・スワップCDS)」で、デリバティブ金融派生商品)の一種だ。CDSのいちばん初期の取引の一つは、1997年12月にJPモルガンが行った。同社はフォードやウォルマートなど大企業向けに実行した300件、計97億ドルにのぼる融資を調べ、最も貸し倒れリスクの高い上位10%を特定。それを投資家に売却した。
その後まもなくCDSは、リスクの高い中南米やロシアなど新興市場への投資も怖くなくなる保険として使われはじめた。01〜02年にエンロンワールドコム粉飾決算の挙げ句に巨額債務をかかえて倒産すると、企業の内部崩壊に対する自己防衛の必要性も再認識され、CDSは打ってつけのツールになった。2000年に1000億ドルだった市場規模は、2004年には6.4兆ドルになった。
そして住宅ブームがやって来るとFRB(米連邦準備理事会)が利下げを繰り返し、アメリカ人が歴史的なペースで住宅を買いはじめると、住宅ローン債権を担保にした証券化商品は新たな有望投資先になった。銀行やヘッジファンド、年金などあらゆる金融機関がこれを購入し、彼らの多くがその債務不履行に備えてやはりCDSを購入した。しかし、住宅バブルが弾けてデフォルト(債務不履行)になってしまった。
このクレジット・デフォルト・スワップ (Credit default swap) とは、クレジットデリバティブの一種で、債権を直接移転することなく信用リスクのみを移転できる取引である。最も取引が盛んなクレジットデリバティブのひとつ。頭文字をとって CDSと呼ばれることが多い。銀行の自己資本比率を高めるる対策の一環として利用されるケースも多い。
2者間(買い手と売り手)の間で結ばれた次のような契約である。買い手が企業 Aへの貸付債権や社債を持っている場合などを想定するとわかりやすい。
買い手は売り手に定期的に保険料(スワップ)を支払う。
売り手は企業 Aがデフォルト(債務不履行)した際に、あらかじめ決められたルールに従いその買い手の損失を補償する。
企業 Aに対して貸付債券などを持っている銀行が CDSを購入することにより、貸倒れのリスクをヘッジすることが可能となる。
保険料の決定には金融工学的手法が利用される。それは単に買い手が、両者の期待値を一致させる価格を支払えばよいのではなく、売り手が引き受けるリスクに対する対価を必要があるからである。リスク保険料は通常、同じ参照企業 Aが発行する社債などに織り込まれたものを使う。 CDSの売り手がデフォルト(債務不履行)しないという仮定の下では保険料の算出は容易である。しかし、売り手もデフォルトする場合には買い手のリスクが増大する。さらに Aと売り手の債務不履行に相関がある場合には、価格を決めることは容易ではない。